
蔚山町: 「蔚」は、当用漢字にはありません。
「うるさんまち」と読みます。
文禄・慶長の役で、豊臣秀吉が2度にわたって朝鮮侵攻した事件がありました。
その際に、加藤清正は何千人という朝鮮人も引き連れて帰還したといいます。
その人たちが住まった地域が、今なお地名等として残る「蔚山町」だといわれていいます。
現在でも、「蔚山町駅」として路面電車の地名に残されています。
1600年に江戸幕府が開かれ、やがて加藤清正の死後、
朝鮮の僧侶が将軍に謁見し、朝鮮の侵略を二度としないように申し出たといいます。
初代将軍・徳川家康は、これに対して鎖国を行う準備があることを伝え、
その僧侶が蔚山町の朝鮮人の帰還を願い出たため、
おおよそ3000人が船で帰国したといいます。
ところで、現在の大韓民国に蔚山市があります。
そこが、熊本市の「蔚山町」の朝鮮出身住民の生まれ故郷であったと思われます。
韓国の蔚山市は、今や韓国一のGDPを誇る近代都市として発展を遂げているといいます。
しかし、こうした朝鮮侵略の経緯から、
蔚山市の熊本市への感情は言い訳がありませんでした。
それを様々な人間関係などから悪い感情を解し、
いまや「熊本市&蔚山市」が友好都市締結を果たすまでに至っています。
そのきっかけは韓国・蔚山市長が、
今も残る「熊本市の蔚山町駅」の地名に感銘を受けたからだとも聞きました。
歴史の重みを感じつつ、両市の未来志向の取り組みを期待したいですね。
ところで、昨年は加藤清正が生誕450年、没後400年だといわれました。
それを記念して様々に行事も行われたようです。
その取り組みの一つに
「『NHKの大河ドラマ』に加藤清正公を!」という運動もあります。
加藤清正公や子孫などのゆかりの地でも着実に署名活動も集められています。
全国各地からも、是非、ご協力をお願いいたします。
お問い合わせは、熊本市に近い方は、
・加藤神社 の湯田宮司
・加藤清正 記念事業実行委員会 の荒木章博委員長
加藤清正公の生誕地である名古屋市中村区に近い方で、
歴史に興味があり、署名にご協力いただける方はメールください。





